『死守せよ。だが軽やかに手放せ』ーー孤高な盗賊のエチュード・感想と考察と妄想
「魔法使いの約束」初めての訓練シリーズ 第二弾、「孤高な盗賊のエチュード」が本日終了しました。お疲れさまでした。
北の大盗賊ブラッドリーを主人公に据えた10話のストーリー。それは、強くて、繊細で、高潔な物語でした。
……ブラッドリーのオタクのみなさん、ストーリー良すぎてしんどくありませんでしたか?
みんなしんどかったと思います(オタク特有のクソデカ主語)。
このブログは「孤高な盗賊のエチュード」の何が良かったか。何が美しくて、何がこんなにもしんどかったかについての記録です。個人の解釈と妄想とネタバレ、すべてマシマシの怪文書なので本当に気を付けてください。よろしくお願いします。
苦労人ブラッドリーの「やりづらさ」
一見、唯我独尊俺様最強男に見えるのに、その実、すごく苦労人で、常識人なブラッドリー。
魔法舎での彼は、いつも「やりづら」い生活を強いられてきました。
・それなりに強いのに、他の北の魔法使いよりは強くない。
・やりたい放題暴れたがりな性分なのに、囚人という立場と双子たちの監視のせいで出来ない。*1
・なにげに面倒見が良いから、案外他の国の魔法使いたちとも上手くやれてしまうのに、盗賊時代の拠り所であるはずのネロとだけは上手くやれない。
他の北の魔法使いたちより、少し弱くて、賢くて、優しいせいで、ブラッドリーはいつも「やりづらい」。オーエンには「かわいそうな役回り」(ひどい)なんて言われてしまうほど、面倒なしがらみの中で生きている。
物語は、そんな「やりづらさ」に苛立つブラッドリーのシーンからはじまります。
ブラッドリー式人生哲学のすゝめ
本題に入る前に、もう少しだけ、ブラッドリーの内面に目を向けます。
魔法舎での「やりづらさ」を抱えたブラッドリーにとって、彼のアイデンティティを支えるのは「盗賊団の首領だった」自負と誇りでした。
ブラッドリーが、「盗賊団の首領」であった自分を事あるごとに誇るのは、その証です。
一方で、ブラッドリーは「自分が強くないこと」について自覚的でした。魔力の強さがモノを言う北の国で、弱さは生きづらさであり、死にも直結します。だからブラッドリーは、何度も死にかけながら、力を蓄え、他の魔法使いを倒して、力を奪ってきました。盗賊であることはすなわち、ブラッドリーが生き延びてきた軌跡そのものです。
【図3 ネロに「ブラッドリーの理解者」称号を進呈せざるを得ない】
また、「持たざる辛さ」を知っているからこそ、他の人の弱さにも寄り添える男でもありました。たとえ弱くても、「持ってる人間」でなくても、泥を啜ってでも生き抜こうとする気高さに、部下達は惹かれ、焦がれた。彼が盗賊団の「首領」であることもまた、彼の生き方そのものです。
ーー前置きが長くなりました。このことを踏まえた上で、イベントストーリー6話に想いを馳せましょう。
「持たざる者」の自覚
「俺がてめえから盗んだんだ。だから、俺のもんだ。」
ラスティカは驚きを浮かべて、ゆっくりと瞬きをした。(略)
「どうして?言ってくれたら、あげたのに。」
「言ってくれたらあげたのに」と言うラスティカの言葉は、嫌味でも煽りでも敵意でもありません。純粋で素朴な感想でした。
「盗賊であること」「首領であること」。ブラッドリーが、足掻いて足掻いてやっと手に入れた誇りですら届かないものが、北の国の外の世界にはある。
ラスティカは、たぶん「持ってる人」なのだと思います。持たざることの辛さに足掻き、血反吐にまみれたことは無いかもしれません。そもそも「持っていない」ものについて、奪い取ろうとは思わないでしょう。だってラスティカは、旅に出て、それを探すひとだから。*2
ブラッドリーは賢いから、ラスティカの言葉が純粋な善意と好意だって理解できたはずです。だけど、きっと頭じゃなくて心が拒んでしまう。そして、拒んだ自分の心に嫌気が差してしまう。
……苦しくないですか?
ボタンをラスティカに押し返すことしかできずに踵を返したブラッドリーの心を思うと、どうしようもなく苦しい。
ブラッドリーの「盗賊団の首領」への執着は、なにも金品への執着じゃない。彼の信じた生き方・生き様・アイデンティティへの執着なんです。小さな願いみたいなものなんです。その「小ささ」をこんなにもありありと突きつける……こんなシナリオありますか……。*3
ともかく、繊細な苦しみをブラッドリーに刻んで、第6話は終わります。
手放したもの。「進化」あるいは「運命の脱獄」。
ラスティカとの一件があってから数日経ったある日、ブラッドリーはふらりと現れて、こう告げます。
「これが俺の進化だ。悪かないだろ。」
「下手に出るなんて、クソダセえと思ってたけどよ。手足や翼なら、俺の武器が増えただけだ。」
ムルが酒場でこぼした『進化』の話になぞらえながら、
・双子に睨まれながら北の魔法使いをなだめる「かわいそうな役回り」を引き受けること
・数百年にわたる確執を越えて、対等にネロに向き合うこと
・「賢者の魔法使い」としての役目を果たすこと
これらを受け入れると、穏やかな笑顔で決めたのです。*4
それは、ブラッドリーにとって癪で、”胸糞悪ぃ“ことだったはずでした。けれど、数日間の思索の末に、ブラッドリーは「みんなと繋がって」生きることを、自分自身で選びます。
時に屈辱に晒されても、なりふり構わずに現状の打破を望むということ(=運命の脱獄)。確かにブラッドリーの哲学は一貫しています。
ーーしかし、いささか「唐突だな」と感じなかったでしょうか。“ブラッドリーって、こんなに物分かりのいい人間だったか?”と。……私は思いました。
これについては、後ほど。
死守すべきもの。首領の矜恃はてのひらの温度に託して。
第9話、10話。ここで、ストーリー最大のサビがやって来ます。
私の指を包み込んで、きれいなカフスボタンを握らせる。
「いらねえよ。てめえが貰っておきな。」
「でも……。」
「婿さんには、代わりに何か奢らせる。こいつは趣味のいい品だ。大事に持っておきな。」
ラスティカから贈られたボタン。ブラッドリーは以前のようにそれを押し返しはしませんでした。このことは、ラスティカの「初任務のお祝い」の心をそのまま好意として受けとめる、ブラッドリーの「進化」ゆえの変化です。
ーーでも、ブラッドリーは、ボタンは受け取ることもしませんでした。
なぜなら、彼には「盗賊団の首領としての矜恃」があるからです。「全部丸くなってたまるか」という、ちっぽけな「意地」があるからです。小さくても譲れない、確かなアイデンティティ。ブラッドリーはそれを、あたたかな指先で賢者に託します。
……すごく詩的で繊細なシーンだと思いました。ブラッドリーの「進化」と、手放せない「矜恃」、その全部をひっくるめて、ブラッドリーは賢者にボタンを託します。切実で高潔で、そして祈りに満ちたワンシーン。
……なんだろうなあ。このシーンを見るたび、「弱くても不器用でも、足掻いていれば、いつかきっと何か手にできるはずなんだ」と信じさせてくれる気がするんですよね*5。良いシーンです。なんだかもう、何を書いても蛇足になってしまいますが、もう今更です。このシーンを踏まえて、第1話のアバンを思い返してみると。
賢者の“手のひらの中に包み込む”動作は、まさに、ブラッドリーにされたことの反復。
ブラッドリーが抱えたすべての切実な感情が、手渡しの温度のなか、今もここに残っているんです。
孤高な盗賊の練習曲
最後に、保留にしていた「”進化“の唐突さ」について。
6話→7話のブラッドリーは、やっぱり唐突です。あれだけ屈辱と憤怒に満たされた男が、そう簡単に現実に適応できるでしょうか?
……真相は語られていないので不明ですが、きっと、物語で描写されない空白の数日間のうちに、「散々悩んで、悩んで、悩み尽くし」たんだと思います。*6
本来ブラッドリーはおしゃべりな男です。でも、ブラッドリーは最後まで何も語りませんでした。彼がプライドと現実の狭間で悩んだ道筋を、他の魔法使いも、賢者も、読者も、誰ひとり知らない。「俺、正直困ってんだよな」……みたいなダサい胸中の吐露を、ブラッドリーはしません。
ひとりで全部カタをつけてから、いつもの自信気な表情で現れる。ボタンを託すときだって、「趣味のいい品だから」だなんてそれらしい理由をつける。賢者は、言外に在るブラッドリーの誇りを、彼の言葉じゃなく、体温で悟るのです。
孤高だなと思う。ハードボイルドだなと思う。そして、無茶苦茶にカッコいいな!と思う。
そんな孤高な男が、新しい世界で生きていくための「練習曲(=エチュード)」。それが、この物語の真相だったんじゃないかなと、私は半ば希望を込めて考えています。
「本物の鳥になれないからこそ、美しい鳥のような服が作れるというのは、悲しい物語ではなくて、幸せな物語だと思うよ」
(悪戯好きな仮面のエチュード 第6話)
自らの不足に嘆くことも、拗ねもひねもしない。酸いも甘いも清も濁もすべて飲み込んで、この世界で生きていく。
『魔法使いの約束』世界に一貫した、愛の姿。
今回のイベントで、それをブラッドリーにも託してくれました。いちブラッドリーオタクとして、こんなに幸せなことは無いです。都志見先生とスタッフの皆さんに感謝。……私、薄々勘付いていたが、やはりまほやくに生かされているな(今更?)。
ーーイベント語りはこれで以上です。
何かと騒がしい世の中ですが、飲める人はウイスキーで、飲めない人はお茶とお茶菓子で、今夜は乾杯しましょう。私も飲みます。
最高カッコいい孤高な盗賊に、幸あれ! 乾杯!!*7
◆読んだよボタン◆ 乾杯報告待ってます
https://forms.gle/msUWUR75g53G12u67
*1:去年までは、厄災前後の数日間しか牢屋の外に出られなかった。だからミスラやオーエンと違って、魔法舎での生活はやぶさかではないのだ
*2:鳥籠にはしまっちゃいますが…
*3:誤解ないように明記しますが、ラスティカはまったく悪くないです。ラスティカは純粋にブラッドリーとの友情を築こうとしている。だからこそ、ブラッドリーは心が締め付けられるんですよね。ラスティカが「善」だからこそ。
*4:ちなみに、時系列的にはエチュードはメインストーリーの直後です。メインストーリーでブラッドリーがネロに散々オラついてたことを考えると、めちゃめちゃ進化だなと思わざるを得ない
*5:だからこそブラッドリーには、絶対に幸せになってほしいんですよね。私の希望を証明してくれ……
*6:瞑想してたんだろうなと思う。「ブラッドリーのマナエリア」と、時の洞窟「ブレイクタイム(1)」